Life

アメリカからの引っ越し

7/04/2022

コロナ禍の中 アメリカから本帰国して2ヶ月半。先日、今回の海外引っ越しをお願いした日通アメリカさんから、4月13日にアラバマの我が家から出した船便の荷物が6月14日にロサンゼルス港を出港したとの連絡がありました。現時点でも不便なりに生活が出来るように一応の物が揃っているので、船便に入れた荷物が本当に必要な物だったのか不安になってくるのが不思議です。名古屋港に入港するのが7月2日で、そこからまた通関手続きが約1ヶ月かかるようですので、8月の頭には配達される事になるかもしれません。世界中でコンテナ輸送が滞っているというニュースを散々聞きながらの引っ越しだったので、ちょっと嬉しい知らせでした。


何だかもうすっかり日本の生活に慣れてしまって、数ヶ月前までアメリカに住んでいた事が信じられないくらいです。引っ越しの事も忘れかけているので、船便がロサンゼルス港を出たという知らせが来たこのタイミングで、どんなスケジュールで引っ越しをしたのかをまとめておきたいと思います。




2/10 (木) 会社から 3月一杯での帰任の内示を受ける。(日本一時帰国中。)

2/16 (水) アメリカに戻る。

    3月にならないと会社の人達にも帰任の事を言ってはいけなかったので主人も私もそれが本当に苦しかったのと同時に、とても急な決定だったので本当に準備が出来るのかが心配でした。実際、日通さんに海外引越しをお願いするのも3月になってからだったので、希望する日程はもう取れず、大変でした。


2/20  (日) 家具のリスト作成。


    日本に持ち帰る家具や家電とそうでない物を決めて、誰かに譲って使ってもらいたい物のサイズを計り写真を撮って、リストを作りました。3月になったらすぐにPDFで知り合いに送って引き取り手を決めるためです。1ヶ月で全ての物の行き先を決めるというのが、結構大変でした。(後任の人に全て譲れたら一番楽なのですが、主人の後任の方は単身で来られるとの事で家具付きのアパートに入るつもりだとお聞きしたので、こんな事になりました。)


3/2(水) 日通アメリカに引越しを依頼。


3/5(土) 引っ越しが4/12との13に決定。

     帰国便のチケットをとる。

3/23(水) 日通アメリカの担当者さんが下見と今後の説明に来てくれる。

     はるばるテネシー州ナッシュビルから来て下さいました。(最寄りの支店です。)

     日本行きの航空便(30kg分、段ボールで3個分見当)で送る物と船便(その他全て)で送る物の他、現地で譲っていく荷物とその配達先(4カ所)を確認。アラバマだけでなく前赴任地のケンタッキーにも配達を頼んだので、万が一にも行き先に間違いがないよう慎重に打ち合わせをしました。


3/29(火) 自動車保険の解約手続き。

3/30 (水)  会社関係の奥様方に送別会をしてもらう。

    我が家でポットラックでしたが、私は送られる側という事で場所の提供だけで許してもらいました。コロナ禍のため皆さんと集まる機会がなかなか持てず、アラバマに2年住む間に会社の奥様方を我が家にお呼びするのはこれが2回目でした。でも、そんな状況だったからこその目に見えない謎の結束があったと信じたいです。お世話になりました。心からありがとう。



3/31(木)主人の出社最終日。夜、ハンツビルのダウンタウンのレストランで送別会。

(主人の会社生活最後の日の思い出を共有出来て嬉しい。)

     会社のマネージャー以上の方々が開いてくれた送別会でしたが、私も招いて頂きました。アラバマに引っ越して以来コロナ禍のため私には人との繋がりがほとんど無く、秘書さん以外の主人の同僚の米人の方々にお会いするのはこれが初めてでした。最後の最後に機会を与えてもらい、本当に感謝です。

4/2 (土)    私の車の査定。

     主人の車は会社のリースカーなので会社に返すだけですが、私の車は自分で買った物なので自分で売らないといけません。Blue Bookというサイトで売りたい車の型式や走行距離などの条件を入力すると簡単に査定額が出て来るので、それを頭に入れた上で点検でもお世話になっている近所のディーラーの中古車買取の部門へ出かけました。私の車は2016年モデルのRAV4で走行距離は9000マイル弱(約14000キロ)でした。6年乗ってこれしか走っていないとは、行動範囲がいかに狭かったかお分かりでしょう。査定の結果は、$23000。1週間以内だったらこの査定額で引き取るという事で、書類をもらってこの日は帰る事にしたのですが、Blue Bookの査定ではもう少し良い値がついていたのでダメもとで隣の市のディーラーにも行ってみる事にしました。すると、査定額は$21500だけど今日置いて行ってくれるなら$23500出すと言われました。まだ数日は2台体制でないと困るのでそれは断り、先に行った近所のディーラーで買ってもらうことに決めました。査定は2件とった事で、金額に納得出来ました。

4/3(日)     ネットで郵便物の転送手続き。

     海外への転送はしてもらえないので、主人の勤めていた会社宛に転送してもらうようにして、後の処理(中を確認してメールで連絡をしてもらう、など)を秘書さんにお願いしました。
     転送手続きは、旅行中に局留めにしてもらう手続き同様、ネットで簡単に出来ます。驚いたのは、転送手続きが終わると続いて郵便局とは関係ない選挙人登録の変更手続きを促された事です。確かに引っ越す時には必ず郵便の転送手続きをするから、合理的ですね。(私達は関係なかったけど。)


4/4(月) 電気・ガス・水道の停止手続き。

     Madison Utilities(水道)は、電話かメールでも手続きが出来るようでしたが、Huntsville Utilities(電気)とNAGD(ガス)はオフィスに行く必要がありそうだったので、一度に3か所回って午前中に一気に済ませました。

(Huntsville Utilitiesのオフィスビル。)

     Huntsville utilitiesのオフィスはハンツビルのダウンタウンの真ん中にあります。入って行くと窓口が3つほど開いていましたが、そのうち2つの窓口には日本人が来ていました。(どんなに上手な英語で話していても佇まいでなぜか分かる、海外日本人あるある。)うちの番が来た時に係の人に「今日は日本人が多いの?」と聞いたら、逆に「あなたで6人目。コロナのせいでみんな日本に帰っちゃうの?」と聞かれました。「日本は4月が年度変わりだから、どこの会社も移動が多いのかも。」と主人が答えていました。

4/6(水)銀行の手続き。

     アメリカで使っていた銀行口座は夫婦の共有名義だったので、2人揃っていろいろサインが必要な書類にサインしに行きました。まだ振り込みや引き落としの予定があり、すぐに口座を止めるわけではないので、帰国後の手続きの流れなども確認しました。     

4/7(木)車を売る。

     1週間前に査定してもらっていた近所のディーラーに私のRAV4を売りに行きました。丁度窓口にいたのが前に査定額を出してくれた人(自称ジミーチュー似)だったので話しやすく、ダメ元でもう一度値段の交渉をしたら、買取額を$23500に上げてくれました。逆にびっくりなんですけど。ありがとう、ジミーチュー。ナンバープレートを外してもらい、記念に持ち帰りました。(船便に入れたよ。)

(Bill Penny Toyota。ここで定期点検もしていました。)

     午後から日通さんが来て、荷造りをし始める。プレ引っ越し1日目。

4/8(金) この日も午後から日通さん。プレ引っ越し2日目。

4/12(火) 引っ越し1日目。日本行きの船便は、トラックへの積み込みまでほぼ完了。
      
                      もうベッドが無いので、この日から近所のホテルに移動。

4/13(水) 引っ越し作業前朝イチでPCR検査。

     出国前72時間以内の陰性証明を取らないといけなかったので、とてもスケジュールがタイトでした。引っ越しの最中に検査結果が陰性だったという連絡が入り、ほっと一息。

      引っ越し2日目。全ての荷物が出る。
      

(どんどん片付いて行くよ〜。)

(どんどん積み込むよ〜。)

    引っ越し作業の何が大変かって、この梱包明細書への記入ですよ。内容物は日通さんが書いてくれるんだけど、保険をかけるためにその内容物ごとに金額を書くのは荷主です。(ある程度のところまで来ると、神経が麻痺してくるというか、コツが掴めて楽になりますが。)引っ越し荷物は、最終的に約200箱分になりました。


4/14(木) ホテルをチェックアウト。

      前の日に受けたPCR検査の陰性証明書を貰いに行く。

      家の掃除。

     がらんどうになった家。この家ともお別れなのかという寂しさと、引っ越しが無事に終わった安堵と満足感で、複雑な心境でした。大雨が降るとお湯が出なくなるなど、いろいろ問題のあった家でしたが、振り返れば良い思い出ばかり。

(もっと人を招きたかったダイニング。)

(毎日の食事はここ、モーニングヌックで。)

(ファミリールームはあまり使わなかったなあ。)

(主寝室)

(毎日のようにWii Golfで遊んだエンタメルーム。)

(プロジェクターでよく映画を観たシアタールーム。)

(全景。大きな家でした。)

     Wi-Fiの機材を返却。

    AT&TのWi-Fiの機材は、最後の掃除を終えて本当に家を最後に出た後で返却しました。ケンタッキーを引き払う時は最寄りのAT&Tの店舗の窓口に機械をただ返しに行ったのですが、受取り証のような物を出してくれる訳でもなかったので、本当にこれで良いのかと不安に思いました。今回もそんな感じなのか返し方を最寄りの店舗に聞きに行ったら、店舗での回収はしていないからここに電話をしろと電話番号を教えてもらいました。そこに連絡をして顧客番号を伝えると返却すべき機械の製品番号を確認して教えてくれて(うちの場合、3台分)、バーコードが付いたPDFをメールで送ってくれるので、それを印刷して機材と一緒にUPSに持って行ったら手続き終了でした。自分で包装する必要も無いし、確実に返却の記録が残るので、とても良い仕組みだと思いました。

(近所のUPSストアに持ち込みました。)

      ハンツビル空港のホテルに移動。チェックイン。

     翌朝早い便に乗るので、空港ホテルに前泊しました。

(部屋から見た夕日に染まる滑走路。)

4/15(金)アメリカを発つ。

     見送りに来てくれた方々に挨拶。秘書さんには家の鍵と会社のリースカーの鍵を渡して、後をお願いしました。

(デトロイトで名古屋行きの国際線に乗り換え。)

4/16(土) 日本到着。
      飛行機を降りるとすぐにPCR検査を受けて、陰性の結果を待って無事入国。

     ワクチン接種が3回済んでいたので指定ホテルどころか自宅待機も求められず、2ヶ月前の一時帰国の時とは大違いの自由さです。(詳しくは、一時帰国の時のブログを見てね。)
     手荷物だけでなく後から引っ越し荷物が来るので、税関を通る時に別送品(引っ越し荷物)の申告書にスタンプを貰って、それを保税手荷物受取所に提出するのを忘れてはいけません。これで、帰国時にする事は全て終了。後は荷物が届くのを待つだけです。


日本に帰って来るまでをざっと振り返ってみました。かなりバタバタした日々でしたが、実際にいろんなところに電話したりメールしたりしていたのは主人なので、私は周りでワーワー騒いでいただけかも。