Life

秋のお仕事用マスク

9/30/2021

日常生活に欠かせなくなったマスク。使用済みのマスクは、抗菌効果99.99%をうたった洗剤で手洗いして乾かした後、アイロンをかけて専用の引き出しにストックしています。清潔はしっかり保っているとは思うけれど、やはり使っているうちに劣化するし、替えは何枚あっても良いもの。秋らしい茶系のチェックと、厄除けの意味を込めて鱗紋様(に似ている)の2種類の生地で、主人の職場用のマスクを作りました。



肌に当たる裏生地は、抗菌素材です。


表と裏のそれぞれの生地を裁断。中心のカーブをつないで、縫い代に切り込みを入れて片倒ししてミシンで押さえます。


中表に合わせて、上下を縫います。


表に返して、上下に端ミシンをかけます。


左右の端を三つ折りして、ゴム通しを作ります。


ゴムを通して、完成です。



いい感じ。


最近、主人の会社の一部では会社独自の判断で4重の不織布マスクの着用が義務化されたと聞きました。自分の席からそこへ行く時には必ずマスクを付け替えるようになったというのです。「だったら出社日は最初から不織布マスクでいいのでは。」と思うのは私だけ?そういう話しではないのかな?状況がよくわからないのですが、とにかく、お仕事用の手作りマスクの需要は減る見込みで、これから作るのは2枚重ねの布マスクで問題のない休日用のものが多くなりそうです。まあいずれにしてもマスクが全く必要なくなるまでには、まだまだ時間がかかるんでしょうけどね。


《おまけ〜現状報告》

 2020年の春から人類の必需品となったマスクですが、当初は品不足だった事もあり(というか、私の生活圏では市販のマスク自体見たことが無かったので)必要に迫られてずっと手作りして来ました。最初のうちはマスクをバカにしていたアメリカ人達が徐々にマスクを着ける様になっていくのは、それだけコロナが深刻化しているのだと思い知らされる事でもありました。一年以上の長い辛抱の期間を経て多くの場所で着用が必須ではなくなったのを受け、街中で行き交う人の口元が見えて表情がわかるようになり、日常が戻って来たなあとホッとしたのも束の間、今年の7月末あたりからまた感染者が増えて来て、今はマスク着用を求められていない場所でも多くの人が自主的にマスクをしているような状態です。


アラバマ州はワクチン接種を拒否する人の割合が多い州の一つで、必要回数のワクチン接種が終わっている割合が9/27現在42.5%しかありません。因みに、アメリカ全体では56.4%、日本は58.9%。日本は出足こそ遅かったけれど、接種の仕組みが整ったら一気にアメリカを追い越しましたね。


「マスクはしない。」とか「ワクチンは打たない。」という選択をするのは確かに個人の自由かもしれないけれど、社会の構成員の1人としての責任とか影響を考えるとそうは言っていられない状況になっていまして。例えば、多くの生徒を預かる学校の先生や免疫力が弱くなっている患者さんと接する医療従事者の中にも個人の自由を根拠に拒否する人がいるようですが、私はやはりそういう立場の人こそ打っておいて欲しいと思ってしまいます。この夏の感染者の増加に伴い、アメリカは9月の初めに、従業員100人以上の全ての企業に対してワクチン接種か少なくとも週1回の検査と陰性証明の提出を義務付けました。全従業員にワクチン接種を求める企業も出て来ています。こちらは、陰性証明では許されず、ワクチンを打たなければ首という事です。


色々な考えの人がいるのは当然だけれど、まだまだ大変な状況が続く中、多くの人の健康が守られるような工夫をみんなで協力してできたらいいなと思います。

Knitting

この夏の残骸

9/27/2021

まだまだ日中は日差しも強いのですが、朝晩にはちょっと肌寒く感じることもあり、そろそろ秋の気配が漂って来ました。 よく行く手芸店の広告にもモコモコの毛糸が載るようになって、また何か編みたいな〜とは思うのですが、新たに毛糸を買う前に懺悔しなければならない事が。この夏に編んだ失敗作の膝掛けがあります。ここに一度お見せして、次への反省とします。


(四角く編めなかったのよね。周囲がベロベロ。)


アメリカでは珍しいような優しい色味が気に入って、一気に編んだの良かったのですが、編めば編むほど歪んで行って…。

(糸は、これ。)

(優しい色のグラデーションです。)

こんな感じでグラニースクエアで編んで、


七段目からは、前の段の隙間を埋めるように引き上げ編みを入れながらまた5段編んで、と、疎密を繰り返して縞模様にしました。


良い調子で編み進めているつもりでしたが、大きくなるに従って歪みがどうしようもなくなってきて(どうしても角に向かって伸びてしまい四角にならないの)、私の腕では修正が効かず、この辺りでギブアップ。


周囲をぐるりと飾り編みでまとめて、とりあえず完成としました。

(ここの編み方も伸びる原因だったのかな。)

編み始める時には夏用の膝掛けにするつもりでしたが、24時間室温が自動で管理されているアメリカの家では使い道はありませんでした。残念!せっかく編んだからと無理して膝に掛けていたら、コットンの糸の重みで却って不快という。結局ずっとクリーム色のカバーの掛かったソファの端っこに畳んで置いてありましたが、同じような色で溶け込んじゃう上にせっかくの縞模様も見えず、もう本当に何の為に編んだんだか。悔しくて、ほぼ使っていない客室の濃い色のウィングチェアーに掛けてみましたが、タクシーの座席のレースのカバーみたいにしか見えないので、もう諦めました。まだ残り糸もあるし、一旦まとめて収納箱行きとなりました。(ほとぼりが覚めた頃、糸玉に戻るかも。)

(こんな風に掛けたら、益々伸びるやないかい!)

この失敗に懲りて、この夏はこれ以降全く編み物はしませんでした。色合いと編み方は気に入っていたので、周囲が波打ってしまう失敗が余計に悔しかったです。編み図の修正が必要なのか、引っ張り加減など編む時の手の調整でもう少し何とかなるものなのか、私のような初心者にはわかりません。失敗しながら、覚えて行きます。さて、この夏の失敗作の反省が終わったので、またぞろ次の秋冬物に手を出して良いかな?

Baking

焼きカレーパン

9/10/2021

夕飯で少しだけ残ったカレーを使って、 焼きカレーパンを作ってみました。油で揚げずにオーブンで焼いたのは、カロリーを抑えるためと、油の処理が面倒なため。


(割ったら、こんな感じ。)

材料は、いい感じにちょっとだけ残ったカレー。インスタントのマッシュポテトの素を加えて火を入れて濃度を上げてから、パン生地で包んで焼きました。


バターフレイバーのマッシュポテトは、私にはバターの風味が強過ぎて一度使っただけでそのままになっていたのだけれど、カレーに入れたらそんなに気にならないかもと、こちらもある意味残り物の再利用。


適量が分からないので、少しずつ様子を見ながらぽってりとまとまるまでマッシュポテトの素を加えながら加熱します。

パン生地はホームベーカリーにお任せで、いつものバターロールの生地です。8等分して、4つをカレーパンに、4つをバターロールにしました。

(出来た生地を、8つに分割して丸くまとめます。)

10分ほど生地を休ませたら、成形。カレーパン用の方は、めん棒で丸く伸ばして真ん中に冷ましたカレーあんを乗せて、ラグビーボール型にまとめます。中身が出て来ないように、しっかりと閉じるのが肝心です。

(たっぷり乗せます。)


溶き卵にくぐらせてからパン粉をまぶし、室温で50分2時発酵させます。バターロールも成形して同じ天板に乗せて同時に2次発酵させます。


2次発酵が終わったら、バターロールの方に溶き卵を塗ります。


375°F/190℃のオーブンで15分焼きます。


アメリカに来てから初めてカレーパンを食べました。私にとっては、カレーパンも日本の味です。懐かしくて美味しかった!オーブンで焼けるなら、家で気軽に作れるね。いい事を覚えたな。

(コールスローとフルーツを添えたら、立派な食事。)

Life

NYでの夏休みに感じた事

8/31/2021

 今年の春先からワクチン接種が進んだ事によって規制がだいぶ緩み日常生活ではマスクが必須となる事がほぼ無くなって来た7月下旬、NYのブルックリンに住む長女夫婦会いに行って来ました。(もう1ヶ月も経ったのね。)アラバマに帰って来てからコロナの状況があまりにも悪化してしまい、のんびりNY旅行記みたいな物を書いていて良いのかと自問していましたが…記憶が曖昧になってしまう前にやはり記録を残そうと思います。土曜日に着いてまずは娘達の家で一泊し、翌日曜と月曜を4人で郊外のロッジでのんびり過ごし、残りの平日の昼間は我々2人で自由行動という感じで過ごしました。もっとも、長女夫婦は2人ともフレキシブルな形態でステイホームで働いているので、観光から戻ればありがたい事に家族の時間がしっかり取れました。

《1》準備から出発まで

(空港のような公共の建物内ではマスクは必須。)

我々夫婦は2人とも5月にはワクチン接種を終えていたので、6月には日常的によく使う食料品店やレストランではマスクが必要なくなっていましたが、NYに行くに当たっては滞在日数×2枚のマスクを用意しました。今住んでいるところには公共のバスも電車も無く交通手段は自家用車一択のため本当にマスクの必要性が低くなっていたので、マスク着用必須の地下鉄での移動が多くなるNYに身の引き締まる思い。飛行機で別の州に旅行となれば、やはり日常とは違う緊張感もありました。一歩空港の建物に足を踏み入れたら、マスクは必須。ソーシャルディスタンスって言ったって、機内は満員で密状態なので緊張しました。搭乗時には手の消毒のためにワイプが配られ、マスクの常時着用も念押ししてアナウンスされました。乗客がマスクを拒否して揉めるような映像をニュースで度々見るけれど、今回そんな事は全くありませんでした。

(空港まで、ピノも一緒に迎えに来てくれました。)

《2》郊外へのショートトリップ

一泊2日で車でCatskill Mountainへ。もちろんピノも一緒です。途中Flushingという中華系の街に寄って中華ランチ。すごい人混みにびっくりしたのと同時に、歩く人々のマスク着用率の高さ(おそらく100%、見た限り例外無し。)にもびっくりしました。中国系の人はコロナへの危機感が高いのか、社会に蔓延するアジア系の人々に対する暗黙の非難や差別へのせめてもの対抗なのかと、色々考えてしまいました。

(雨の中、今夜のお宿のロッジに到着。)

(NYから1時間半くらいで、こんなリゾートがあるなんて。)

(ペットフレンドリーの宿で、メゾネットタイプの部屋でした。)

2日目は、近所のおしゃれなレストランでサンドイッチをテイクアウトし、近くのキャンプ場へ。駐車場に車を停めて、みんなで湖畔をお散歩。湖に面した景色の良いピクニックエリアでランチ休憩してから、いよいよ森の中へ。


前日の雨で足元がかなり怪しいところもあったけど、ぬかるみや水溜りをなるべく避けながら、Pinoも一緒に歩いたよ。 NYとは思えないような、自然一杯のゆったりまったりの二日間でした。


《3》MOMAを中心とした1日

火曜はMOMAを中心にミッドタウンを回る1日に。(メトロポリタン美術館もグッゲンハイム美術館も月火が休館。いつから週休2日になったのか。これもコロナの影響でしょうか。)

まずは紀伊國屋で久しぶりに日本語の本や日本の文房具に囲まれて、とりあえず心を浄化。それからブラブラと街に繰り出しました。

(タイムズスクエアは観光客でいっぱい。)

NYには20年前に一度来ていますが、当然ですがその時と変わらない風景も変わってしまった風景もありました。当時日本から遊びに来ていた私の両親と泊まったヒルトンホテルは当時のままの姿でそこにありましたが、孫との旅行を楽しんでいた父は残念ながらもういません。一緒にブロードウェイにリバーダンスの舞台を観に行ったなあ、と思っていたら、地下鉄のホームでリバーサイドのポスターを見ました。ブロードウェイは再開したのでしょうか?また、トランプタワーの前を通った時には、まさかトランプさんが大統領になるとは誰も想像していなかったなあと思いました。歴史を感じるプラザホテルの向かいにかつてあったFAOシュワルツはなくなっていて、そのすぐそばに超お洒落で近代的なアップルのお店ができていました。ガラス張りキューブ状の入り口から螺旋階段で地下に降りて行くと、ワンフロアの大きな売り場が広がっていました。(後で知りましたが、元々のFAOシュワルツの店舗は2015年に一旦閉店となりましたが、2018年にロックフェラーセンターの一角に再び開店したそうです。今の子供も昔子供だった人も、みんな嬉しいね。私も、また映画「BIG」が観たくなりました。)


せっかくだからセントラルパークにもちょっと寄りました。大都会の真ん中にあるこの巨大な公園はアップダウンもありびっくりするような巨岩もあるけど、自然の地形なのかな?以前ここで辻井伸行さんが野外コンサートをされていたのを思い出して、心の中ではベートーベンの「皇帝」が流れていましたよ。

(セントラルパークをお散歩。)

MOMAは大き過ぎず小さ過ぎず、凝縮された見応えのある展示内容で大満足。ピカソの「アヴィニョンの娘達」やルソーの「夢」については、最近ハマっているYouTubeの「山田吾郎 オトナの教養講座」でピカソ回とルソー回を観たばかりだったので(特にルソー回は複数回あった全てがメチャクチャお勧めです。)、かなり興味深く鑑賞出来ました。セザンヌの部屋も、見た事も無い素描や小品が沢山あってすごく面白かったです。お土産には、マチスの「ダンス」のマグネットを買いました。

この日の夕食は、日本食レストランへ。今私達が住んでいる周辺にはお寿司を頼んでも一緒にライスが付いてくるみたいな感じの日本食レストランしか無いので、ちゃんとした日本料理が食べたいと言ったら、娘が本格日本料理店を予約していてくれました。仕事終わりに家から合流する娘達とは現地集合。お任せコースのみの完全予約制の小さなお店で、大将とおしゃべり(もちろん日本語!)しながらカウンターで一品ずつゆっくり味わうタイプの食事を楽しみました。アペタイザーにも趣向があり、その後バラエティ豊かな新鮮なネタの握りが目の前に1貫ずつ出てくる、贅沢な時間を過ごしました。(お値段もかなり贅沢でした。)

《4》自然史博物館

もう1日は、南の方を回りました。まずグラウンド・ゼロを目指したところ最寄駅から地上に出たらひどい雷雨だったので予定を変更して先に自然史博物館に行く事にしましたが、既に長蛇の列が出来ていました。入館までに1時間、更にチケットを買うまでに1時間はかかったと思います。雨が上がっていたのがせめてもの救いでした。(列に並んでいる間にネット購入を試みましたが何故か上手くいかず、結局中でも大行列を作ることになってしまいました。ここは大丈夫でしたが、最近は密を避けるためか入館には時間と人数に制限が設けられている施設も多いので、ネットで買えるのなら計画的にネットでチケットを買っておくのがお勧めです。)



やっとのことで中に入ると、ホールの真ん中に恐竜の骨格標本が2体ドーン。電子チケットを持っていたらそのまままっすぐ進んですぐに中に入れるのですが、私達は左手のチケット売り場に再び並ぶ事になりました。でもそのおかげで、チケット売り場横の壁画に描かれた人物に、漢字で「高平」と「小村」と書かれている事に気が付きました。「小村」は小村寿太郎だろうと見当がつきましたが「高平」が分からず、並んでいる間にスマホで調べました。高平小五郎でした。日米講和会議かポーツマス条約の締結の様子を描いているのでしょうか。

(右端に立っているのが、小村寿太郎。)

真ん中にあるドアを挟んで右側にも日本関係の壁画が。(因みに、ドアの上の壁画はチンギスハーンらしい。)こちらには右上に大きく「大日本帝国」の文字があり、時代を遡った感じで弓を射る武者やら着物を着た婦女やらの絵もあり、下の方はロシアとの戦いを表しているのか皇帝らしき人物と日本の軍人が対峙している風な構図もあったりしました。ここにも説明が欲しいよう。この壁画の存在自体私は今回初めて知ったんだけど、みんな(アメリカ人も含めて)意味を知ってるのかな?入って左手の壁画は日本を含めたアジアの国々の第二次世界大戦終戦までの歴史を表しているのかなとは思いましたが、本当のところはどうでしょう。こちら側の壁画にばかり目を奪われていましたが、正面と右手にも天井までぎっしりと壁画がありました。よく見てくれば良かったと後悔しています。


ホールの壁画の話ばかりになってしまいましたが、中の展示ももちろん面白く見て回りました。ものすごい量の剥製はこの博物館の宝ですが、良い意味で以前とそう変わらないと思いました。今でも映画「ナイトミュージアム」の世界を想起させてくれて、ワクワクします。上層階は大幅に改装もされていて、化石や骨格標本などの展示内容も更に充実していて、とても興味深く見て回りました。ただ残念だったのは、アジア文化の展示のところ。日本についての展示はせっかく他の国に比べても良い位置に大きく割かれているのに、展示が何十年もそのままなのではないかと心配しちゃうくらい劣化している感じで、一般的なアメリカ人にはかなり誤解されそうです。なんとかなりませんかね?

《5》グラウンド・ゼロ

前回のNY訪問は2011年の夏で、その1ヶ月ほど後に9.11のテロが起こりました。その日は趣味のキルトの集まりに行く予定で朝のニュースも見ずにバタバタ支度をしていたところ、「NYが大変な事になっているけれど、そちら(ケンタッキー)は大丈夫?」と日本にいる母から電話があり、慌ててテレビをつけて状況を知ったのでした。もちろんキルトどころではなくなり、その日は一日テレビの前で状況を見守るしかありませんでした。つい1ヶ月前には何の不安も疑問も持たずにニコニコと家族旅行を楽しんでいたNYなのに、と。今回の旅行では、絶対にグラウンドゼロに行って祈りを捧げなければと思っていました。

地下鉄を降りて地上に上がると一帯が新たに整備されていて、ここを大きな追悼の場にしようとしている意思を感じました。同時に、あまりにも全てが新しいので、一旦全てが無になったんだなあという事もしみじみ実感しました。私にはアメリカ人の本当の気持ちは到底分からないけれど、恨みや憎しみよりは犠牲者を悼む気持ちが満ちた空間だと思えたのは、私にとっては良かったです。こんな気持ちを持てるようになるのに20年という長い時間がかかったのかもしれませんし、卑劣なテロを憎む気持ちはもちろん持ち続けなければいけませんが。これからも、この地が静かな祈りの場所でありますように。

(犠牲者の名前が刻まれたプレート。)

Flight 175の搭乗者をはじめペンタゴンで亡くなられた方も含めた全ての犠牲者の名前が、2つの巨大な四角い滝のモニュメントの周囲のプレートに刻まれていました。改めて、多くの命が失われたことを実感しました。所々の名前の窪みに白いバラの花が挿してあるのは、お誕生日の方なのだそうです。こういった活動も、ボランティアで続いているのだそう。犠牲者という括りとは別に一人一人を忘れないでいてくれる人がいるって、すごく優しい気持ちになれるし大事ですね。テロが無ければ今も続いていたはずの人生がこんなに沢山あったんだなあ、と思いました。


博物館もあるようですが、今回は残念ながら訪問出来ませんでした。奥に見える白い翼を広げたような形の建物は大空間のモールになっていて、地下鉄のFulton St駅と繋がっています。商業施設というよりはモニュメントとしての造形物であって欲しいと思うのは部外者のわがままでしょうか。沢山の人に訪れて欲しいと思うと同時に、あまり観光地化しないで欲しいなとも思ってしまいました。


《地下鉄》

今回の旅行では、地下鉄を沢山使いました。最初に10ドルでメトロカードを買って使い始めたものの、足りなくなったらチャージしながら使うとしても使わなかった分の返金もないし何だか面倒だなあと思っていたら、クレジットカードが対応可のものなら直接改札にかざすだけで支払いが出来ると教えてもらいました。持っているカードの裏を見るとそれらしいマークがあり、やってみると無事に使えました。(そんな機能が付いているなんて全然知りませんでした。)乗る時だけピッとやれば良く、降りるときは必要無い(どこまで乗っても統一料金)のでとても使い勝手が良かったです。ただ、カードの明細に $2.75という少額がずらりと並ぶのが何だか愉快でたまりませんが。短期の旅行者にはこれは最適、と思いました。

(メトロカード)

(駅構内もキレイなデザインのところが多かったです。)

今回地下鉄に乗っていて特に感じたのは、「キレイになったなあ。」という事です。昔は駅も車両も汚かったしどこもかしこも落書きだらけでいかにも治安が悪そうなのが逆に「らしさ」でしたが、今は駅の構内も車両もすっきりときれいで明るくて、車内の乗り換えの案内表示も分かりやすくてとても意外でした。しかし、アラバマの家に帰ってから、その理由をはっきりと知ることになりました。

偶然お勧めに出てきて何気なく見たフジサンケイ系列のネットニュース番組で、NYの地下鉄の車両や券売機などのデザインをされた日本人デザイナーの宇多川信学(ウダガワ マサミチ)さんのインタビューをしていたのです。今年の7月の初めに納入された新車両の実際の運行は来年の夏からだそうですが、今走っている車両も宇多川さんのデザインだとの事でした。何だかしっくり来ると思ったら、そういう事ですね、と納得です。乗り換えの案内が一目で分かりやすいと思ったのは、日本の地下鉄のエッセンスが入っているから日本人にとってはすごく馴染みのある方法が使われていたからなんですね。もちろん日米で異なる観点から造られているデザインもあり、そんなお話が聞けたのもとても興味深かったです。日本の発券機はお金を入れてから買いたいもののボタンを押すがアメリカではそれが逆になっているのは何故か、という話については、実際にメトロカードを買うときに「あれ?」と思った点だったので、なるほど〜と面白く伺いました。他にも車両のデザインや内装の素材選びのポイントなど、現役バリバリのデザイナーさんの生きたお話に興味のある方は、検索して是非ご覧ください。

(路線はアルファベットで識別します。)

《総括》

今回のNY行きは、娘達と久しぶりに会うためでした。今振り返ってみると、デルタ株による第3波が来る前の小康状態の時だったのかなと思うので、良いタイミングだったのでしょう。帰ってきて数日後には、NYでは全ての建物に入る時のワクチンパスポートの提示が義務付けが発表されましたから。(今回の旅行ではどこでも一度も提示を求められませんでした。)

ショートトリップに行ったり、何故か夜な夜な4人で麻雀で盛り上がったり(娘と私は初心者で主人と婿は鬼のように強いので、全部の牌をオープンしてルールを教わりながらの麻雀でした。かなりユニークな試みかと。)、ボイラーが壊れてお湯が出なくなったり、急に8月いっぱいで家を出て欲しいと大家さんに言われてあたふたしたり、まあ色々ありましたが、総じて楽しい旅でした。娘達には色々と手配をしてもらい、感謝感謝です。私がモタモタこのブログを書いている間に、娘達は新しい家を探してさっさと引っ越しを終えてしまいました。やる事早っ!またいつか、新居の様子を見ながら遊びに行ける日が来るといいなあ。その時はまた宜しくね。

Baking

ナッツ入りバナナケーキ

6/30/2021

 毎朝手作りのグリーンスムージーを飲んでいます。ケール1本とバナナ1本とリンゴ1/2個を必須材料として、その日の気分で他のフルーツや野菜を足して変化をつけて楽しんでいます。そんな訳で我が家の台所のカウンターには常にバナナがあるのですが、傷みやすいので補充するタイミングには気をつけています。先日、残っていた2本にあまりにも美味しそうなシュガースポットが出ていたので、久しぶりにバナナケーキを作る事にしました。在庫を切らしていたクルミの代わりに、ミックスナッツを入れたのが、大正解でした。



《材料》


バナナ     2本

砂糖      50g

サラダ油    大4

卵       1個

薄力粉     160g

B.P.                            大1

牛乳      100cc

ミックスナッツ  一掴み分


(いかにも食べ頃。明日では遅そう。)


《作り方》


⑴  バナナ1本、砂糖、油、卵を全部一緒にミキサーにかける。


(バナナは適当にちぎって入れています。)

(ぐわーっと回します。)

⑵  ⑴をボウルにあけて、空のミキサーに牛乳を入れてもう一度回して内側に付いた物も無駄無く取ってボウルに加える。


⑶  粉類をまとめて振るい入れる。


⑷  粉類をある程度さっくりと混ぜたところで、ミックスナッツも加えて混ぜる。

(ナッツの量は適当で。)

⑸  オーブンペーパーを敷いた型に生地を流し入れ、飾り用のバナナの薄切りを上に並べる。


⑹  160℃/325℉のオーブンで40分焼く。


⑺  完成。

ミックスナッツの量は、バナナの味を邪魔しない丁度良い量でした。しっとりして美味しいケーキが出来ました。食べる時には、ホイップクリームを足してちょっと贅沢に。たまには甘い物も欲しいよね。